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東京家庭裁判所八王子支部 昭和59年(家)1761号 審判

申立人

甲野花子

相手方

乙原恵子

主文

別紙目録記載の墳墓及び系譜の承継者を、いずれも相手方と定める。

理由

一本件申立の要旨

申立人は、被相続人丙川洋子(以下「被相続人」という)の三女、相手方は、被相続人の長女であるところ、被相続人は、昭和五八年二月二〇日死亡したため、同人の祭祀財産である別紙目録記載の墳墓及び系譜(以下、「本件墓地」、「本件系図」という)の承継者を申立人と定められたく、本件申立に及んだ。

二当裁判所の判断

(一)  本件記録中の資料によれば、以下の各事実を認めることができる。

ア  申立人(大正一五年七月二六日生)は、被相続人とその夫丙川一郎(以下「一郎」という)との間の三女であり、昭和二二年六月二日甲野太郎と婚姻し、同人との間に長女理香及び長男勝の二子をもうけている。相手方(大正一〇年一月一二日生)は、被相続人と一郎との間の長女であり、昭和二一年四月三〇日乙原次郎と婚姻し、同人との間に長女聖子及び二女輝子の二子をもうけている(なお、このほかに、被相続人と一郎との間には、大正七年三月二七日長男一臣が、同一一年一一月一日二女秋子が、それぞれ出生しているが、一臣は同一〇年一月二八日、秋子は同一二年九月一〇日、いずれも死亡している。)。

イ  被相続人夫婦は、昭和二六・七年頃より相手方夫婦と同居するようになり、同三五年六月二八日一郎が死亡した後も、被相続人においては、相手方夫婦との同居生活を続けていたが、同五八年二月二〇日死亡するに至つた。

ウ  被相続人は、祭祀財産として、同人が、生前、一郎死亡後の昭和三六年頃に永代使用権を取得した本件墓地と、被相続人の実家である丁山家から携えてきていた本件系図を遺している。

エ  相手方は、現在、夫の協力を得て本件墓地の使用料を負担し、墓参や墓の管理を行つており、又、本件系図も保管している。一方、申立人も、墓参に訪れており、墓の管理を行う意欲を有していることも認められるが、同人の夫は、本件祭祀承継の問題について無関心な態度をとつており、相手方の如く、夫の協力を得られる見込みは極めて薄い状態である。

(二)ア  さて、本件墓地及び系図の承継者として誰れが適当であるかを検討するに、本件審理の結果によるも、申立人の住所地である八王子市、相手方の住所地であり被相続人の最後の住所地である田無市、被相続人夫婦が以前居住していたことのある北海道旭川及び埼玉県浦和市近辺のいずれにおいても、祖先の祭祀を主宰すべき者についての慣習は明らかでなく、又、被相続人による指定もなされていない(申立人は、本件系図につき、被相続人が、生前、申立人の長男勝に譲る旨口頭で述べたと主張しているが、当該主張を裏付けるべき資料はなく、採用し難い。)。

しかし、前記(一)で認定した事実に照すと、本件墓地は、被相続人の長女たる相手方において承継するのが相当であり、かく解する以上、本件系図も被相続人の祭祀財産として本件墓地と異別に扱う理由はなく、やはり相手方に承継させるのが筋合いと解するものである。

イ  ところで、申立人は、同人を本件墓地及び系図の承継者に指定されたい旨求める理由として、主として、(a)相手方は、一郎により、昭和二〇年一二月五日推定家督相続人廃除の裁判を受けていること、(b)相手方の、被相続人の生前における同人に対する処遇や、祭祀供養の態度には、現在まで常識外れた言動が見受けられること、(c)本件系図については、現在も相手方の夫が保管したまま離さず、又、相手方においては、本件墓地の使用名義を夫名義に変更するつもりでいること、等を挙げているので、これらの各点につき敷衍しておく。

(ア) 相手方が、一郎により、昭和二〇年一二月五日推定家督相続人廃除の裁判を受けていることは、前記のとおりである。しかし、前掲調査報告書及び相手方審問結果によれば、当該廃除の理由は、丙川家の長女であり、当時家督相続の資格を有していた相手方が、夫と婚姻して乙原姓を称さんがためになされたものであつて、一郎ないし被相続人に対して虐待をなし又は重大な侮辱を加えたがためになされたものではなかつたものと認められるのであり、この認定に反する証拠はない。しかりとするならば、一郎及び被相続人のいずれについても、その相続開始は新民法下において発生していることに鑑みると、旧民法の家督相続の適用は既に認められず、又、新民法の推定相続人廃除の規定にも該当しないと言わざるを得ない(旧民法九七五条一項一号、九九八条、九八六条、新民法八九二条、附則(昭和二二年一二月二二日法二二二号)二九条)。してみると、相手方に対し、前記廃除の裁判がなされていることをもつて、本件祭祀財産の承継者たることを否定する理由にはなし得ないところである。

(イ) 本件審理の結果によるも、相手方に、前記及びで申立人が指摘するような事実があつたとは認め難い。もつとも、前掲調査報告書によると、被相続人の生前、同人と相手方夫妻との間で、一時、丁山家の墓石を本件墓地の墓石に流用しようとの話が持ち上つたこと、相手方夫妻においては、被相続人夫妻の生前中、同人らから種々援助を受けるようなこともないわけではなかつたこと、被相続人においては、いつも相手方の元にのみ居たわけではなく、折りにふれては申立人方にも赴き滞在することもあつたこと、以上の事実を認めることができる。しかし、前掲調査報告書によれば、墓石の流用の点については、結局、被相続人ないし相手方夫婦において思い止まつており、又、当時かかる話を持ち出したことが相手方夫妻のみの判断によることとも決めつけ難く、この点をもつて、相手方を本件墓地及び系図の承継者として不適格とする理由にはなし得ない。更に、相手方夫妻が、被相続人夫妻から援助を受けるようなこともないわけではなかつたこと、あるいは、被相続人において、申立人方にも赴き滞在することもあつたこととの二点については、本件審理の結果によるも、そこに、親子間の情愛に基づき通常取り交わされるやりとりを越えるものがあつたとは認め難いのであり、上記と同様、これらの事由をもつてしてもやはり、相手方を当該承継者の資格なしとすべき理由にはなし難いところである。

ウ  以上の次第により、申立人が挙示した前記イ掲記の各事由は、いずれも理由がないと言わざるを得ない。

本件の場合、前記(一)で認定したところに照すと、被相続人は、相手方夫妻の元で生涯を終えたものとみられるところ、これによれば、被相続人は、晩年、長女である相手方夫妻によつて最後をみとつて貰い、死後の祭祀も相手方夫妻に委ねようとの気持を有していたものと推測するのが自然であろうと考えられる。

なお、申立人は、本件審理の経過を通じ、再三「丙川姓」に復氏してでも(夫との離婚を意味する言と解される)、本件祭祀財産の承継をしたい旨表明しているが、社会通念上、かかる理由をもつて当該承継を肯定する事由となし得ないことは、あれこれ言及するまでもないところである。

(三)  これまで検討したところに照すと、前述のとおり、本件墓地及び系図の承継者は、相手方と指定すべきものであり、他にこの判断を左右するに足る事情は見出し難い。

三以上の次第により、当裁判所は、本件祭祀財産の承継者の指定につき、主文のとおり審判するものである。

(石村太郎)

目  録

墳墓(東京都営小平霊園)

所在 東村山市萩山町一の十六の一

区画 ○○区○○側○○番

地積 五m2

系譜   丁山家系図一巻

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